カテゴリー: Editor’s Choice 既刊書評

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    ブックリヴュー:『小さいおうち』(中島京子 著、文藝春秋 刊)

     子どもの頃に読んだ、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』の表紙に似ている本という印象のまま、読む機会を逃していた小説である。映画も、その宣伝も、ポスターを見たくらいだった。昭和初期、開戦前から戦中、東京の平井家で奉公していた山形出身のタキが、大甥の健史に託すかたちで、当時を回想する話だ。仕えていた奥様の主人と何か起きるのだろうかなどを考えて読んでいたが、それは違っていた。奥様とその子息を大切にし、仕事をしっかりやる女性の姿が描かれていた。さらに、戦争が始まる前の、良い時代の東京の様子もよくわかった。タキの死後、健史は大伯母が過去に置いてきたあるものの謎を説く。真っ新な状態で読んでいる私にとっては、急に、推理小説を読んでいる感覚に陥る展開だった。そこには、幾多の重なり合う物語があった。素晴らしい構成の小説だった。最後に。バートンの『ちいさいおうち』と本作の表紙の絵は全く違っていた。人は知っているものに引っ張られるものらしい。

    ISBN:978-4-16-784901-6
    Cコード:0193
    文庫判 352ページ
    定価:650円+税
    発行:文藝春秋
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    ブックリヴュー:『図書館巡礼:「限りなき知の館」への招待』(スチュアート・ケルズ 著、小松佳代子 訳、早川書房 刊)

    作家で古書売買史家、本人のソーシャルメディアによると、オーストラリアの大学で教鞭もとっている著者が、2017年に発表した『The Library: A Catalogue of Wonders』の邦訳本。本書のために実地調査し、古今の図書館の物語をつづった内容だ。図書館は蔵書のコレクションの場ではなく、本のある空間と人間の関係性がよくわかる。世界最古の口誦図書館が、おそらく、中央オーストラリアで数万年かけて形成されたこと、15世紀後半から16世紀初期のカトリック司祭のデジデリウス・エラスムスの「手元にいくばくかの金があれば、私は本を買う。もしそれで残れば、食べ物や衣服を買う」という何かに取りつかれたような言葉、愛書家のイタリアのウンベルト・エーコ(1932~2016)の話は興味深かった。シミについての言及もあった。デジタル化が進み、何よりもタイパが大切らしい世代は、この生き物もいてこその、本の文化があることなどはいざ知らずなのだろうなと、少し寂しい気持ちにもなった。

    ISBN:978-4-15-209849-8
    Cコード:0098
    四六判 336ページ
    定価:2,500円+税
    発行:早川書房
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    ブックリヴュー:『渡辺淳一 恋愛小説セレクション 2 阿寒に果つ』(渡辺淳一 著、集英社 刊)

    渡辺淳一(1933-2014)の1973年の小説。自身の類まれな才能に苦悩し、男性たちとの関係に葛藤しながら、阿寒湖畔で自ら命を絶った17歳の天才少女画家時任純子と、彼女に翻弄された、作家、画家、記者、医師、カメラマン、5人の男性の姿を描いた話である。数年前に、加清純子という時任純子のモデルになった画家をたまたま知り、興味がわいて、本作を読んだ。それ以前、渡辺淳一作品のいくつかに触れたが、ある種のイメージができあがっていた。女流作家の作品が好きな私としては、受け入れられないものだった。しかし、デビューして数年後に書かれた本作によって、作者のスタイルを理解し、すっかりファンに。傑作。

    ISBN:978-4-08-781587-0
    Cコード:0093
    四六判 396ページ
    定価:2,200円+税
    発行:集英社
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    ブックリヴュー:『料理と人生』(マリーズ・コンデ 著、大辻都 訳、左右社 刊)

     カリブ海のグアドループ出身のフランスの作家マリーズ・コンデ が、2015年に発表した『Mets et merveilles』の邦訳本。1934年に生まれた作家の自伝であり、旅行記、青春物語、料理本ともいえる多面的な作品だ。レシピを随所に散りばめ、他者とのつながりについてつづっている。老齢や病気によって手を動かせないコンデが語り下ろし、口述筆記をイギリス人の夫が行ったという。私は、20年以上前に『心は泣いたり笑ったり:マリーズ・コンデの少女時代』(青土社刊)で、初めてクレオール文学に触れた。裕福な家庭で育った、20代前半までのコンデについて詳しい本である。同じ作家が書いているので当然だが、本書は、その延長線上にあり、贅沢な気持ち浸れる内容であるのに加え、人種やジェンダーについても考えさせられる。コンデが日本の作家の本を多数読んでいたことや、日本を旅した時のエピソードは、大変興味を引いた。

    ISBN:978-4-86528-377-8
    Cコード:0098
    四六判 304ページ
    価格:3,800円+税
    発行:左右社
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    ブックリヴュー:『本物の交渉術 あなたのビジネスを動かす「パワー・ネゴシエーション」』(ロジャー・ドーソン 著、小山竜央 監修、島藤真澄 訳、KADOKAWA 刊)

     イギリス出身のアメリカ人で、交渉術の講師をやっている著者がまとめた『Secrets of Power Negotiating』の邦訳本。影響力を得るための戦略、交渉スタイルの理解、ビジネスや個人的な状況における交渉スキルを向上させるための方法が書かれた本だ。もともとは、1987年に、カセットプログラムとして発売されたものだという。交渉は、人生の様々な局面で応用できるスキルで、価格のほか、価値に焦点を当てることが重要と説く。また、相手の要求を理解することは極めて大切とも。私見では、交渉術は、持って生まれたものにも感じていて、赤子の頃からその能力に長けた天才的な人はいる。もしも、凡人、かつ、自分の要求を勝ち取れていない人生を歩んでいないのであれば、ロングセラーの本書を読んだ方がよいだろう。計算に強く、狡猾と紙一重の賢さ、優位に立てる肩書や社会的立場も得た方がよい。

    ISBN:978-4-04-605505-7
    Cコード:0034
    四六判 456ページ
    定価:2,200円+税
    発行:KADOKAWA
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    ブックリヴュー:『自分で地域で 手づくり防災術:土砂崩れ、洪水、地震に備える』(農文協 編集、農山漁村文化協会 刊)

     国や公共のインフラに頼らず、自給や地域の力を活用して、土砂災害や豪雨災害、地震などに備える、40の方法をまとめた本。農村には、自然の力を生かし、災害を小さくする知恵や技が存在するという。こういうアイデアがあるのかと感動を覚える本だ。個人レヴェルでは、PART1の「電気・トイレ・ふろ・食べもの」が役立つだろう。とはいえ、普段やらないことをいざという時にできるかは不明。トイレについては、私の場合、携帯トイレを持っているが使う練習をしたことがない。しかし、やったほうがよいのだ。また、夫婦2人の1週間分の排泄物は33.6kgとのことなので、それなりの準備は事前にしておかなければならない。PART4の「早期避難で生き抜く」は、その時がきたら思い出せるかわからないが、キーワードをここに記しておく。防災マップやハザードマップ、井戸の活用などだ。生きるか死ぬか、色々と考えさせれる1冊。

    ISBN:978-4-540-23166-7
    Cコード:2077
    B5判 128ページ
    定価:2,000円+税
    発行:農山漁村文化協会
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    ブックリヴュー:『記者のためのオープンデータ活用ハンドブック』(熊田安伸 著、新聞通信調査会 刊)

    ジャーナリストがまとめた、国や自治体の事業、公益的な法人、民間企業、不動産、個人、乗り物や事故、サイト、政治と資金などを調べるためのテクニックの本。オープンなデータで、極力費用をかけず、素早く情報収集するための方法が書かれている。調査報道に必要なアンケートや、OSINT(Open Source Intelligence)についてもつづられる。歴史ある媒体の記者やデスク、もしくは、フリージャーナリスト向けの本だと感じた。しかし、その手の職業でなくても、人は、生きていれば、まるで学生時代のように、何かについてリサーチしなければならない時期や場面に遭遇する。本書を何度か読んでおけば、万が一の時の備えになるのではないか。本体価格は700円。「一家に1冊」の本である。

    ISBN:978-4-907087-24-1
    Cコード:3000
    四六 237ページ
    価格:700円+税
    発行:新聞通信調査会
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    ブックリヴュー:『考えの整頓』(佐藤雅彦 著、暮しの手帖社 刊)

     クリエイティブディレクターで映像作家の著者による、日常の不可解さを独自の分析で考察した27篇を収録した、2011年初版の本。もっと早く出合いたかった1冊だ。ふんわりとした文体だが論理的、そして、細やかな着眼点が非常におもしろい。エッセイに慣れた人で、思考を整理する方法や、問題解決能力、創造性、コミュニケーション力の向上を強化したい人にお勧め。

    ISBN:978-4-7660-0171-6
    283ページ
    発行:暮しの手帖社