月: 2023年12月

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    ブックリヴュー:『TOKYO STYLE』(都築響一 著、筑摩書房 刊)

     1993年に大判で発表され、その後に文庫化、2003年に出版社が変わって文庫出版された、写真家、編集者で、ジャーナリストの著者による、当時の東京の住宅や、暮らしていた人たちの家の中の写真をまとめた記録集。写真を見ると、その多くは、「物が多い」「散らかっている」「物がむき出しになっている」印象を受ける。1993年といえば、平成5年。昭和の名残が十分あった。コンピュータとインターネットが普及する以前には、スマホもソーシャルメディアもなく、市民のための情報化社会にはまだ突入していなかった。「断捨離」「触ったときに、ときめくか」の片づけ方法の提唱者が登場するのも、まだ先の話である。物に囲まれた、生活感あふれる部屋からは、一生懸命に生きる人々の様子が伝わる。今はどうなのだろう。建物事情が変わり、家を借りる側も買う側も、クローゼットを重要視している。洒落た格安家具も浸透している。時代の流れに沿って物を少なくしたとしても、むき出しにしたくないものは、生活の中に必ずある。それらは、そこに収納する。収集しやすくなった情報や自分が作り出した記録は、コンピュータやスマホの中に格納する。一見すっきりしている。1990年代前半の人々の暮らしは、可視化された現代社会の人々の生活ではないか。名著といわれる本書から、そんなことを感じた。

    ISBN:978-4-480-03809-8
    発行:筑摩書房
  • ムーヴィーリヴュー:『読書する女』La Lectrice(監督 ミシェル・ドヴィル)

    『読書する女』(原題:La Lectrice)
    監督:ミシェル・ドヴィル
    出演:ミュウ=ミュウ、マリア・カザレス、ピエール・デュクスなど
    1988年
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    The Reader / La Lectrice(1988)

     読書の持つ力と、言葉の共有の大切さを描いたフランスの作品である。恋人と同棲中で、読書好きのコンスタンスは、『読書する女』という本に夢中になっている。話は、コンスタントが、この本の主人公マリーに同化し進んでいく。マリーは美声を生かし、新聞広告を出して、出張朗読の仕事を始める。顧客についたのは、障害のある少年や、将軍未亡人、離婚歴のある実業家、老判事などだ。やがて、朗読以上のものを求める人たちの生活や人生にかかわることで、マリーと映画自体の主人公のコンスタンスは自身を見つめ直す。作中、モーパッサン、ボードレール、エミール・ゾラ、マルクス、デュラスなどの作品が、コンスタンスとマリー2役のミュウ=ミュウによって読まれる。顧客の1人である幼女のためには『不思議の国のアリス』もだ。ひと昔前のフランス映画と、ジャンルにもよるが、読書が好きな人には、楽しめる内容である。私がこの作品を最初に見たのは、昔の学生の頃だ。時を経て「本は売れない」「テクノロジーの進化により、人々は本を必要としない」などがささやかれる時代になった。というというより、ささやく人たちがいる。それでも、リアル書店、ネット書店、電子書籍や聞く書籍のサブスク、公共図書館、国会図書館などを利用して、本を読む私からすると、本は、一部の、とても多くの人たちに支持されているように感じる。必要に迫られて読んでいる人たちもいるだろうし、読書が生きがいという人たちもいるだろう。書き手と言葉を共有することを欲している人たちは大勢いるのだ。対話のできる朗読者がいることで、顧客も朗読者も、何かしらの考えにいたったり、幸せをつかめそうだったりという話は、夢と希望がある。

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    ブックリヴュー:『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(アダム・グラント 著、楠木建 監修・訳、三笠書房 刊)

     2021年に出版された、アメリカの組織心理学者による『Think Again』の、22年発売の邦訳本。思い込みや過信から生まれる誤りを理解したり、更新したり、発想を変えたりすることを提案した内容の本である。著者によると、私たちは、牧師、検察官、政治家、これら3つの異なる職業の、自分の信念は絶対的なものであり、考え直すに至らないといった思考法に陥りがちだという。そこで、仮説、実験、結果、検証する、科学の原則に従う考え方を取り入れることを勧めている。次に、自信と謙虚さについてふれ、自分の盲点に盲目になったり、知ったかぶりしたりすることなどに注意を促す。また、他人の心を開いたり、相手の先入観や偏見を説得する技術、対立を恐れずに理性的に反論する方法などに言及する。本書の巻末には「インパクトのための行動」として「再考スキルを磨くための30の秘訣」がまとめてある。総じて、傲慢にも卑屈にもならず、謙虚に強く、考え直すべきということが書かれている。大変難しい技である。世界の力のある人たちは、このような思考法で、交渉や契約、時に征服と支配を繰り返しているのだろうというのが私見だ。学びの多い1冊である。

    ISBN:978-4-8379-5812-3
    Cコード:0030
    四六判 424ページ
    定価:2,000円+税
    発行:三笠書房
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    ブックリヴュー:『武器化する嘘  情報に仕掛けられた罠』(ダニエル・J・レヴィティン 著、パンローリング 刊)

     アメリカやカナダなどで活躍する神経科学者で認知心理学者の著者が、2016年に発表した『A Field Guide to Lies: Critical Thinking with Statistics and the Scientific Method』の邦訳本。誤報、擬似事実、事実や真実の歪曲と、信頼できる情報はどう区別すればよいのかという内容だ。誤解を招く発表、統計やグラフ、報告書などを鵜呑みにせず、常に批判的な目線で吟味することが大切だという。著者の言うことは正しく、私も常日頃から気をつけている。そして、情報の信憑性を決めるのは難しいと感じる。疑うには、何かしらの、とっかかりが必要なのだ。さらに、あらゆる種類の権威、メディアや媒体、広告代理店、通信、コンピュータ、インターネット自体の、歴史や構造なども知らないと、発信者(社)の思う壺とも考える。一方で、情報への疑いが深すぎると、社会で孤立しやすくなるのはたしかだ。これを避けるために、人によっては、フェイクの情報とわかっていても、それを信じることがあるのではないかとも。情報化社会になり、それにすっかり慣れてきたが、何かが違うと少しでも感じている方は、ぜひ本書を読んでみて欲しい。

    ISBN:978-4-77-594179-9
    Cコード:0036
    文庫判 341ページ
    定価:1,800円+税
    発行:パンローリング
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    ブックリヴュー:『生きて行く私』(宇野千代 著、KADOKAWA 刊)

     1996年に98歳で生涯を閉じた、大正から平成にかけて活躍した、作家、編集者、着物デザイナー、実業家の著者が、84歳のときに毎日新聞に連載した自伝的小説。山口県岩国市の生家のことから、作家になった経緯、多くの恋愛や結婚遍歴、経営していた会社の経営と倒産など、波乱万丈、かつ、ひたむきで、底抜けに明るい著者の、それまでの人生が描かれる。行動しなければ、景色は見えず、さらに、成功も失敗もしないということがよくわかる。また、意中の人ができたら、何もかも捨ててすぐさま動いたほうが良いのかもしれない、などまで考えた。お腹を抱えて笑う箇所も多く、これもまた、活動的な著者ならではかもしれない。恋愛、結婚、家族、仕事、お金などの悩みがある方は、女性も、男性も、ご一読を。前向きな気持ちになれる。

    ISBN:978-4-04-108602-5
    Cコード:0193
    文庫判 384ページ
    定価:760円+税
    発行:KADOKAWA