子どもの頃に読んだ、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』の表紙に似ている本という印象のまま、読む機会を逃していた小説である。映画も、その宣伝も、ポスターを見たくらいだった。昭和初期、開戦前から戦中、東京の平井家で奉公していた山形出身のタキが、大甥の健史に託すかたちで、当時を回想する話だ。仕えていた奥様の主人と何か起きるのだろうかなどを考えて読んでいたが、それは違っていた。奥様とその子息を大切にし、仕事をしっかりやる女性の姿が描かれていた。さらに、戦争が始まる前の、良い時代の東京の様子もよくわかった。タキの死後、健史は大伯母が過去に置いてきたあるものの謎を説く。真っ新な状態で読んでいる私にとっては、急に、推理小説を読んでいる感覚に陥る展開だった。そこには、幾多の重なり合う物語があった。素晴らしい構成の小説だった。最後に。バートンの『ちいさいおうち』と本作の表紙の絵は全く違っていた。人は知っているものに引っ張られるものらしい。
Cコード:0193
文庫判 352ページ
定価:650円+税
発行:文藝春秋